ハムの長文置き場

文章量的にTwitterに流しにくい好きなことを語るためのブログ

2018年8月31日

昔は、8月という月が好きで嫌いだった。

上旬に遊び呆けた夢のような記憶が中旬、下旬へと日を経ていくごとに『やらなければいけないこと』と寄り合わさり、怠け者に鞭を振るうバケモノへと姿を変える。

決して計画性のあるほうではなかった私は、31日になって過去の自身の愚かしさを呪い、またそれを羨ましくも思いながら必死になってペンを走らせるのが常であった。いっそのこと『やらなければいけないこと』を放り出してしまえば幾ばくか楽になれたのだろうが、それをよしとしなかった怠け者で、無計画で、それでいて義務感だけは人一倍あった自分自身が誰よりも愚かだったのかもしれない。

 

昔は過ぎ去り、今になった。

『やらなければいけないこと』は混じり気なしの義務になり、義務感の有無を問わず、それに相対し捌ききることが求められるようになった。

『やらなければいけないこと』が強大化し、それに萎縮するように夢のような時間は目減りした。なにも8月に限ったことではない。代わり映えのしない無味な毎日の繰り返しで、色が薄れた日々は均一化された。

気がつけば、私にとっての8月は好きでも嫌いでもない、ただの12ヶ月のうちのひとつというところまで色が薄れていた。そのことにさえ、今の今まで気づくことすらなかった。

 

だからこそ。

だからこそ、私は好きと嫌いが入り混じっていた8月に、夏の記憶が色褪せてぷつんと失せてしまう31日に、言いようもない想いを馳せてしまうのだろうか。

だからこそ、私は日々の義務から逃げるように、夢のような日々をもう一度と手を伸ばすように、宛てなく旅に出てしまうのだろうか。

 

 

ただ、きっとこの度の先に。

答えなんて、ないのだろうけど。