ハムの長文置き場

文章量的にTwitterに流しにくい好きなことを語るためのブログ

凋叶棕 喩 感想及び考察

 もとはと言えばこのブログを始めたのはTwitterに流しにくい長文な、ネタバレ多い文章を隔離して書きたいな、と思ったのがきっかけであります。

 

 そして今回語りたい凋叶棕(ティアオイエツォン)というサークル。

 あくまでも東方アレンジ音楽CDという枠組みでありながらもRD氏がキャラクター設定や背景に真正面から、時には意地悪く向き合った物語性が強い歌詞。

 ガッツリとアレンジされながらも要所要所でドカンと原曲みが出てくる音楽のアレンジ具合。

 めらみぽっぷ氏をはじめとするボーカルの方々の高い歌唱力、表現力。はなだひょう氏がジャケットや歌詞カードやレーベル、時には帯に至るまで描く内容に即した、或いは意味深なイラストの数々。

 それら総てが相乗効果を以ってCDを聴く我々の脳味噌を揺さぶってくるのです。誰が呼んだかこのサークルのCDは言わば『聴く同人誌』。

 この凋叶棕の作品群は、デモで聴いた内容がフルで聴くときのフェイクになっているなど実際に現物を手に聞いてみないとわからない、重要な要素が秘匿されていたりします。故にCDでありながらもネタバレというものに対して大変にデリケートな作品群でもあると思うのです。

 凋叶棕の作品群はそれはもう上記でざっくり語ったように大変に魅力的です。僕自身新譜聴いた後なんてどこかに感想を吐き出さなければ気が済みません。しかし、より多くの人にフラットな状態から楽しんでもらいたい以上はTwitterで核心に踏み込んだ発言なんてとてもできません。僕自身がネタバレを気にする人間ですから余計にね。

 そこでこういう隔離ブログを設ければいいんでないの、と思い至り実行しています。これなら好き勝手書けるぜ!やったぜ!

 

 

 前置きが長くなりましたが、以下より『喩』についてガッツリネタバレ全開、自分の妄想も全開で感想考察書いて行こうかと思います。

 

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「もしもの世界」を主軸に、何かが違う幻想郷と幻想少女を描きます!
普段とは違う、何かが変わった世界。そこを通して見るものは。(特設サイトより引用)

 クイズを抜けた先の特設サイトのとおり、ジャケットを飾るのはどこからどう見ても幻想郷ではないすげー都会な街並み。東深見高校の制服を着てケータイをいじる魔理沙っぽい子(霧島リサというそうです)、右手前で微笑するアリスっぽい子、目元が隠れてはいるものの特徴的な髪型と帽子のにとりっぽい子、緑の髪をした女性、そして日傘を差しながらこちらに背を向けている紫の服を着た人物。一目でいつもの幻想郷とは違うんだな、と身構えてしまう素敵なジャケットです。背景の広告や看板には凋叶棕にちなんだネタが仕込んであります。

 そもそもCDケースが横開きではなく、ブックレットや中の用紙の向きを90度変えたガラケーめいた縦開きになっています。やっぱり普段とは違います。こちらの視点も変えて見ないといけません。

 ぱかり、とケースを開けてみるとそこには街の空を飛ぶ我々の知る博麗霊夢のその姿。ブックレットの裏表紙に描かれています。これに関しては後程。普段と違う世界を描くということなのにこれで初見面くらった人も多いのではないでしょうか。僕もです。

 レーベル面にはケータイの画面。Hello, my friend.から始まる英文はリサが夢の中の友人へと向けた文面でしょうか。何かを察しつつも曲を聴いていきます。

 

1.現世の巫女

原曲:星の器 ~Casket of Star

 霧島リサが夢へと落ちていく曲。

 巫女と言えば博麗霊夢。なのに原曲は星の器。そして聞いてみるとどこか心地よい沈んでいくようなFM音源からのネクロファンタジアの一節。ネクロファンタジアはこのアルバムを通していろんな個所にふらりふらりと神出鬼没にちらちらと出てきます。この曲自体に語ることは少ないです。今は。

 

2.少女飛翔曲 ~ Everlasting Longing

原曲:風神少女

 少女綺想曲を彷彿とさせるタイトルに風神少女があてがわれたこの曲。高らかに名乗り上げ、きっと忘れ得ぬものとなるだろうCDのボーカル曲が幕を上げます。

 

 いつもの幻想郷での役割に対してさかしまに生きる霊夢魔理沙魔理沙は博麗の巫女になれどその役割に囚われ重責に苦悩し、自由に憧れています。一方で霊夢はまっさらで、からっぽで、自由に生きています。この曲では博麗の巫女である魔理沙の視点で自由に生きる霊夢への憧れが綴られています。

 二人ともいつもと役割は違えど、本質的な部分は何も変わっていないのがこの曲のミソではないかと思います。霧雨魔理沙は家柄に縛られるのを嫌い自由を求め勘当され、博麗霊夢は博麗の巫女という重役を担いながらも全てから浮いて、自由に生きています。全てを忘れ楽しげに翔んで、弾幕んでいるのもいつもの幻想郷でよく二人で弾幕勝負をしていることと一致します。この勝負の勝敗はどうなるんでしょうね?

 終わりなき憧れはこれまでも、そしてこれからも続いていくのでしょう。

 

3.silent disorder

原曲:月の妖鳥、化猫の幻

 静かなる騒乱。次の曲に向けて着々と準備を進め、暗躍する幻想郷での蓮メリの姿が脳裏に浮かびます。次の曲の前日譚となる曲だと思っています。

 

4.true outsiders

原曲:向こう側の月

  ブックレットを一枚めくると縦長なブックレットを左右でぶち割った更に縦長なコマ割り(?)。こちら側、左側はページを隔てながらも手をつなぐ何処か古風な服装の蓮メリが目を引きます。澄み切った空の中央には半分だけ見える月が浮かんでいます。

 きっとこの蓮メリは幻想郷に於いて決められたスペースから規則か何かで抜けられないのでしょう。神や妖が生きる幻想郷に於いてもそれらに触れられないのなら全くの無意味。ならば二人で幻想を踏み越え、二人でどこまでも進んでいこう、と前向きに歌詞が綴られています。やはり幻想郷に於いても未知を求め進む二人の姿勢は変わりません。

 あと冒頭の「踏み出そう今は高らかに!」から流れ出すイントロ部分の旋律がすげぇ好きなんですよ。僕はイントロでガツンと殴られるとその曲をそのまま好いてしまう傾向にあるのですがこの曲はまさにその典型例ですね。詞も前向きならば曲調も前向き、聴いていてすごくテンションが上がります。

 

 …でもメリーの近くの植物、どこかで見たことがありませんかね。誘/辿あたりで。これからの二人の命運を暗示しているような気がしてなりません。

 

5.カ-210号の嘆き

原曲:芥川龍之介の河童 ~ Candid Friend

 ブチ割りの右側は外の世界。淀んだ色の空。true outsidersの月の正体を表すような歯車。無表情に街を歩くにとりは水溜りに映る姿から内心苦労しているように受け取れます。

 河童たちに失望したにとりが故郷を捨て去り、人間たちの世界=外の世界で人とともに生きようとするとするストーリー。芥川龍之介先生の河童のオマージュ曲とも言えるでしょう。あちこちにそのフレーズがちりばめられています。

 外の世界で生活を始めたにとりですが、徐々に違和を覚え、彼女の歯車は狂いだしていきます。現に挿絵の歯車だって噛み合っていません。場所を変え場所を変え、どこに行っても救われず全てを否定し、やがて人も河童も同じだったという結論に辿り着きます。歌詞の最後、不安要素の代名詞となった(?)ラララ、ブツリと途絶えるような曲の終わり方からアレな結末を迎えたことは想像に難くありません。

 

 希望を持って外の世界を目指す蓮メリの隣に外の世界に絶望したにとり持ってくるあたりなかなかキツいことしますわ。

 

6.揺レル鈴之音

原曲:佐渡の二ッ岩

  鈴の音、そして佐渡の二ッ岩、マミゾウに関連する人物と言えば小鈴でしょう。現在神主の手による曲が存在しない小鈴を取り扱う音楽アレンジサークルはかなり少ないのではないでしょうか。というか普通なら扱えませんよ吃驚ですよ。

 この曲はタイド・コラプションの前日譚ということになっているのでしょう。最初はそれぞれ離れて鳴っていた拍子木と鈴の音が最後は同時にシャンシャンカンカンと鳴っているのはマミゾウとそれから逃げていた(しかし捕まってしまった)小鈴を表しているようです。

 

7.タイド・コラプション

原曲:阿礼の子供/ジャパニーズサーガ

 阿求は遊女となった小鈴を連れ戻そうと奮闘します(オブラートに包んだ表現)が籠に囚われた鳥は逃げることはできません。内に秘めた態度は挫けてはいないながらもこれからずぶずぶと泥沼に嵌っていく、というかもう嵌っています。どっぷりと。

 

 鈴奈庵に入り浸るマミゾウが博麗の巫女を出し抜いて小鈴を手籠めにしたらこんな感じになるんでしょうね。喩の博麗の巫女(魔理沙)はお役目を果たすだけで細かいところまで目が行ってない気がします。自分のことで手いっぱいみたいな節があるし。

 

8.はじまりのワイゲルト

原曲:..ブクレシュティの人形師/童祭 ~ Innocent Treasures/明治十七年の上海アリス

 森鴎外舞姫を読もう。話はそれからだ。
 

9.レディ・イン・パープルシャドウ

原曲:ネクロファンタジア

  これまで一癖も二癖もあるような展開を吹き飛ばすネクロファンタジアのインストジャズアレンジ。これまたド直球に好きなアレンジです。

 喩のインストアレンジはそれぞれボーカルアレンジと内容が対応していますが喩には紫を直接扱うボーカル曲は存在しません。しかしネクロファンタジアはボーカルインスト問わずそこらじゅうに散りばめられています。

 このCDを通して紫の表情を、心境を窺い知ることはできませんが、この曲の存在はこのCDに於いて紫の存在を知らしめるという意味で重要なものではないかと思っています。

 

 僕が思うに喩の世界線での八雲紫はtrue outsidersのあとでなにか一波乱あってスキマ妖怪になってしまったメリーだと思うのです。The beautiful worldで幻想郷に魅せられたように、喩のメリーは外の世界に魅せられて蓮子を置いて一人外の世界で生きる妖怪になってしまった、と解釈しています。現実を生きるスキマ妖怪の紫はその力で現実に向かう、或いは幻想を夢見るような人物を見て回っていると思うのです。言わば喩の世界の観測者です。

 

 

10.プリズムリバー練習曲第一番“はじめての合奏”

原曲:幽霊楽団 ~ Phantom Ensemble

  いつもの幻想郷では既に故人となっているレイラ・プリズムリバー。それが今回は存在しルナサ・メルラン・リリカと共にプリズムリバー4姉妹として合奏しています。3姉妹のボーカルアレンジには意識して1,2,3と歌詞が割り当てられる事例がよくある気がするのですが今回は4姉妹。冒頭の演奏開始のいち、に、さん、しだけでもう涙が出てきます。

 いつもの幻想郷ではそもそも故人として扱われるレイラが言う「喩え在り方が違っても私は寂しくないから」とか「皆がそばにいてくれるなら私は寂しくないから」などの心境はド直球に涙腺を抉ってきます。

 癖のあるこのCDの中でも素直なこの曲。落ち着きたいときにいつまでも聴いていたくなります。

 

11.A transient faith

原曲:少女が見た日本の原風景/信仰は儚き人間の為に

 曲名は儚き信仰。原曲名と比較し儚いのは信仰なのか人間なのか、対象がまるっきり変わっている実にポエットな曲名です。

 幻想郷で現人神としてではなく現実世界で人間としての幸せを望んだ早苗のその後の話。この曲の早苗は既に結婚し、子供が小学校に入る直前というところまで生活が続いています。辿のAt least one wordで奇跡を起こせず、涙を止められず別れた彼との恋が喩の世界線だと成就したのだろうと考えるととても感慨深いです。

 しかしこれでは終わりません。早苗の娘が早苗には早苗には見えなくなってしまった神様が見えるというのです。ブックレットには神奈子と諏訪子の姿が映っていますが、その表情は描かれておらず我々には窺い知ることはできません。

 

 思うに守矢の二柱は外の世界に残るという早苗の意見を尊重し自分らで幻想郷へと行ってしまい、そこで信仰を得てもう一度力をつけて早苗の前に現れるつもりだったのです。しかし早苗は二柱と離れて暮らすにつれ信仰を失い、神の力を失い、二柱が目の前に現れた頃には霊視すらできないようになってしまったのです。

 その上早苗の娘はまだ小学校入学前。そこらあたりの年齢の子というのはイマジネーション、つまり想像力に、この曲に即していうなら信仰が大きな年頃だと思うのです。ごっこ遊びとかそんな感じです。加えて早苗の娘です。早苗が喪失した神の力を持っているとしても何ら不思議ではありません。

 早苗は二柱を置いて現実に留まってしまったことについて後ろめたさを感じていたと思うのです。そうしてこの曲の場面になり、自分の子が報いに晒されると思ったのでしょう。

 

 しかし僕が思うに守矢の二柱は成長し子をもうけた早苗の姿を、子の姿を見に来ただけだと思うのです。早苗の娘が神様を見て早苗に嬉しそうに笑っているあたり割かしフレンドリーに笑っているのかもしれません。僕はそう思いたいのです。

 

12.ドリーム・アフター・ドリーム

原曲:星の器 ~ Casket of Star

 ピアノ、そしてFM音源からのネクロファンタジアの一節。それからは夕暮れになって友達と別れるような何処かノスタルジックな曲調。どこまでも深く深く落ちていくような旋律。それを突然ブチ切って流れる『恋色マスタースパークの』目覚ましアラーム音。そしてそれが切られる。

 僅か3分に満たないインスト曲でありながら大変にストーリー性の濃ゆい曲です。この曲で霧島リサは目を覚まし、次の曲へと移ります。

 

13.ハロー、マイフレンド。

原曲:星の器 ~ Casket of Star/空飛ぶ巫女の不思議な毎日

  RD氏によれば、歌詞の句読点はキャラの心境の吐露を表しているとのことです。霧島リサの夢の中の友達へと宛てたハロー、マイフレンド。

 

 ネクロファンタジアの一節や空飛ぶ巫女の不思議な毎日の一節が思いっきり出てくる個所は非常に涙腺に悪いです。また、全部夢でいいと自分に言い聞かせるが如く歌うラストサビ前の一連の歌詞は若いころから東方好きだった方々にはブッ刺さるのではないでしょうか。いつしかみんな公言しなくなりましたよね。幻想郷に行きたいって。俺の嫁って。

 

 喩では霧島リサのテーマ曲として星の器が宛がわれています。凋叶棕のアレンジする原曲のチョイスは規則性というかなにかルールがあるように感じられるのです。他アルバムの曲から事例を上げるならば魔理沙が真っ当に真っ直ぐに頑張る曲には恋色マスタースパーク、げんきになったときのうたにはとめどなく流れるような高揚感と浮遊感を持ったオリエンタルダークフライトなどとが丁度いい例だと思います。

 そして霧島リサは胸の内に夢の中の友達という星を、或いは幻想郷で翔ぶ魔理沙という星を宿した器なのです。霧島リサは星の器なのです。

 

 歌詞カードのリサが立っている場所は交差点、つまるところジャケットとほぼ同じ地点。リサは空を見上げています。彼女の見上げる先には博麗霊夢が翔んでいたのです。丁度裏表紙に。何故霊夢は現実の空を飛んでいたのでしょう。リサの願望でしょうかね。それとも…

 

 

 

 

 

 

 ここからは今までより更に大きな自己解釈になります。

 

 リサとすれ違うように歩いているのは紫の服で日傘なあの人。ジャケットで意味深に描かれていてもここにきても表情も何も見せないくせにテーマ曲はあちこちに姿を見せる胡散臭い存在、八雲紫に違いありません。彼女の力によって、リサは夢を見るでなく本当に夢の世界へ、幻想郷へと誘われるのです。そうしてリサは現世の巫女となります。

以下2週目。

 

14.現世の巫女

原曲:星の器 ~Casket of Star

 一週目はリサが夢へと落ちていくテーマだと解釈していますが2週目のこれは八雲紫のスキマを通り夢の世界へ、幻想郷へとリサが落ちていくテーマだと解釈しています。FM音源はいわば流れの表現。現実から夢への意識の流れ。現実から幻想への肉体の流れ。幻想郷に流れ着いたリサは博麗の巫女となり幻想の空を翔ぶのです。

 

 そうして、リサは友達と出会うのです。

 

15.少女飛翔曲 ~ Everlasting Longing

原曲:風神少女

 高らかに名乗り上げ、きっと忘れ得ぬものとなるだろうCDの最後の曲が幕を上げます。

 

 2週目では博麗の巫女となったリサから人のような天狗のような霊夢に向けての想いが綴られていると解釈しています。

  はなだ先生曰くこの曲のレイマリにはそれぞれ零無、博麗真理沙と銘打たれているそうです。まっさらでからっぽな霊夢のような彼女に、博麗の巫女として空を翔ぶリサの真実の姿に実にぴったりです。

 幻想郷へと場所を移しても、リサを縛るものは退屈な日々から博麗の巫女という役職に変わっただけで彼女の本質、在り方は変わっていません。そんな彼女が霊夢に向けて問う、

 

お前がもし

私のように生きたとして

それでも あの時みたいに飛翔んでいられるのか?

 

二人がもし
さかしまに生きていたとして
それでも あの時みたいに弾幕んでいられるのか?

 

 その言葉は一周目とはまた違う重みを感じられるのではないでしょうか。

 

 

 

 いつもとは違う幻想郷、幻想少女という一見すると純粋な東方の二次創作としてどうなのか、といった題材を扱った喩ですが、蓋を開けてみれば有り得たかも知れないif、まるっきり状況が変わった中でも本質は変わらぬ幻想少女たち。その状況の中で本来の状況に馳せる想いを綴った歌詞はなかなか心に響くものがあります。ガワや世界観はまるっきり別物ですが、キャラの変わらぬ大本が根底にあるので案外とっつきやすくてお気に入りの一枚です。

 

 喩えば有り得た世界に思いを馳せつつ、今回はこの辺で。